ただいま諸事情あって、私のいとことその娘(11歳)が我が家に滞在中。
我が家の日本人離れした生活ぶりに(…確かに日本人じゃない人住んでるんで)、色んな衝撃があるみたいです。
で、驚いてるいとこたちを見て、「あ〜そういや私もそのことで驚いてたな〜」って懐かしい気持ちになっています。
「なんでスリッパが玄関の外で脱いであるん?」(←外に履いていって帰ってきた時に脱ぐからそういうことになる)とか「なんでごはん中に、大人がギター持ってきて弾いたりするん?」(←だから、子どもに座って食べなさい!とか言っても聞くわけない)とか
「なんでバスタオルがこんなとこにかかってんの?」(←家のあちこちにかかってて、どれがきれいでどれが使ったやつかわからんくなる)とか「なんで、“ごはんやで~”って呼んで集まってきた時に、パン焼いて食べたはんの?」(←子どもも、それほしい~とか言いだすやつ)とか…
そういうささいなことですけど、生活してたらささいじゃない。
最初の頃は、「え~外人やな~(笑)」で済んでたことも、そのうち、「は?!もういい加減それやめてくれへん?!」ってなってきて、万年イライラの原因になってしまう。
でもそこも通り過ぎると、いつしか、イライラすることで誰も何も得してないことに気付き、これは家族平和のために私が諦めた方が楽やって気付いて、諦めていく。そしてそこも超えると、「あれ?でもこれって誰が正しいんや?別に日本のやり方が正しいわけではないよな。ニュージーランドではこれが普通なんやんな」ってなってくる。
そうなると、スリッパが外で脱いであることも、ごはん中にギターが聞こえててくることも、誰のいつのかわからんバスタオルがいっぱいあることも、ごはん直前にパン食べてはることも、いつしか受け入れられるようになってきて、おかしいとすら思わなくなってきた。
そしてこういう風に、日本人のゲストが来て驚かれると、「そやんな。おかしいよな」って思い出す。
日本に住んでる以上、日本の価値観からあまりにも離れるのは、自分のためにも子どものためにもよくないとは思うんだけど、でも、実はこの「外国人との同居生活」から学んだ大事なこともあって、「正しい形ってひとつじゃない」ってこと。
子育てをしてたら本当にそれをよく感じます。私が必死になって教えようとしたり、子どもが〇〇しないからイライラしたりすることのひとつひとつをよーく考えると、「それ、ほんまにそんなしなあかんか?」っていうことが意外と多い。
子どもが左右違う色の靴を履いた。一瞬、両方同じ色に履き替えさせようとしたけど、それってそんな大事かな?って思い、そのまま違う色で登園させました。
子どもが、ダイニングテーブルじゃなくて、リビングのソファでお皿もって朝ごはん食べ始めた。めっちゃ注意してたけど、NZの実家行ったらみんなそうやって食べてるやん。そんな必死になって怒らなあかんか?って思って、怒るのやめました。
きっとこれから、勉強をどれだけさせるかとか、習い事をさせるかとか、そういう悩みもでてくるけれど、「正しい形ってひとつじゃない」ってどんな時も忘れないようにしたいなと思います。国際結婚して、家の中で違う文化があることで、学んだことでした。
↓ランキングに参加しています。ぜひ「子育てブログ」バナーをワンクリックして投票してください。

Comments